追悼・三澤康彦さんお別れの会

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久しぶりの再会が、こんなことになろうとは。。。

訪れた誰もが、そう思ったに違いない突然のご逝去。


木造建築を極めるために、

大阪人の独特のスピード感、行動力を発揮して、

川上の山から川下の住まい手までを

一気に繋ぎ止めるべく、駆け抜けた人でした。


山があれば、広葉樹があれば、漆があれば、

製材所があれば、工務店があれば、

そこここに、神出鬼没。

そうして、まき散らされたその想いの種は、

さまざまな人々を結びつけ、さらなる種となり。。。


お別れの会に全国から訪れた450名超の人々が、

その確かな足跡の証しでした。


主宰の設計事務所のOB・OG、MOKスクール、

親交のあった建築家、建て主はいうに及ばず、

驚くべきは、林業関係者や製材所関係者の多さ。

まさに、三澤さんと繋がりを持った川上の多さでもある。


悲しみの中にも、笑いの起こるエピソードの数々。

建築家なのに、残された貯め込んだ広葉樹の行方・・・、

やっちゃん、やっさん。。。


私とは、東京の一色建築設計事務所に相前後して入所。

新人の私は、おっちゃん(一色ではこれが通称)には、

何かと面倒を見てもらい、よく怒られました。

東京での口癖は、『遅い、汚い、間違ってる』

もちろん、手描き時代の図面のお話し・笑。


美濃紙に平行定規の一色事務所時代、

おっちゃんの脅威的な図面スピードは、

勾配定規を左右の手で持ち替えて描くしぐさ・驚

三澤さん在来から一色で、枠組壁工法に取り組み、

文子さんは現代計画で、民家型構法に取り組み、

ご夫婦で、異なる構法の事務所というのも珍しい。


また事務所に勤めながら、

三澤さんご夫婦が最初に手掛けた奈良の家、

その模型制作を依頼されて、

新人激務の仕事の間に、さらに激務の模型制作・・・

最後は、ご夫婦のマンションで仕上げチェックで。。。


一色事務所の蓼科アトリエ自力建設では、

四年間に渡り、寝食働を共にしましたね。

ブログを振り返ると、在りし日の姿がありました。


・久しぶりの蓼科アトリエ・悶朗(モンロー)神社開祖。

http://atelier-m-architects.at.webry.info/201207/article_8.html

・建築師匠の蓼科アトリエへ

http://atelier-m-architects.at.webry.info/201207/article_7.html


牡蠣5個まで事件や納賀さん(ボス)の知らない図面チェック、

ポールルドルフ・ギブミーサインなどなど、

大阪に負けず劣らず、東京時代もエピソード満載でした・笑。


現在の自宅を新築されたときには、

そうそうに訪れて宿泊し、

三澤さんご夫婦と夜遅くまで、

お酒を吞みながら語った想い出、

胡桃山荘で、予定外の再会をして語らった想い出。。。


あまりにも、突然のことでまだまだ現実感がありませんが、

お別れの会の前に、十数年振りに三澤さんの空気を吸おうと、

ご自宅を訪れて外から見守っていると、

偶然に、文子さんと娘さんとお会いでき、

しばし事務所に佇んで、おっちゃんと会話ができました。


三澤康彦さんが、建築に撒かれた種は、

三澤文子さん、そして事務所のスタッフ、OB・OG

MOKスクール、林業・製材関係者、漆関係者によって、

確実に、確かに、広がっていくはずです。

今度は、じっくりと落ち着いて、その成長を見守ってください。


私も後発ながら、静岡から木の魅力・Jパネルの良さを、

発信していきたいと思います。


合掌


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 ・・・どうも、ありがとうございました。


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by atelier-m-archi | 2017-06-17 15:41 | アトリエ生活 | Comments(0)